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京都地方裁判所 平成2年(行ウ)10号 判決 1992年2月10日

原告

藤田孝夫

右訴訟代理人弁護士

國弘正樹

被告

荒巻禎一

右訴訟代理人弁護士

前堀克彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は、京都府に対し、金八五九万五、〇五〇円及び平成二年四月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び第一項に限り仮執行宣言。

二  被告

主文同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  原告(請求原因)

(一)  原告は、京都府の住民であり、被告は、京都府の知事である。

(二)  京都府は、庁舎内に記者室を設置し、これを報道機関の記者の利用に供している。

(三)  右記者室の供用は、行政財産の目的外使用として地方自治法(以下「法」という)二三八条の四の制限に違反している。

(四)  被告は、京都府を代表して、右記者室を便宜供与していることによって、京都府政記者会(以下「記者クラブ」という)ないし同クラブ加盟各社が支払うべき次の金額につき、何ら理由がないのに、違法に公金の支出を行った。

(1) 昭和六三年度の電話代等

イ 直通電話代 八万八、九二八円

ロ ファクシミリ代 一〇万八、一〇七円

ハ NHK受信料 一万一、七〇〇円

計金二〇万八、七三五円

(2) 平成元年度(四月〜一一月)の電話代等

イ 直通電話代 五万八、八九一円

ロ ファクシミリ代 八万七、四六三円

ハ NHK受信料 一万二、二〇〇円

計金一五万八、五五四円

(3) 記者室専属の女子職員の平成元年二月から平成二年一月までの給料合計金四〇三万五、三六一円

(五)  被告は、京都府を代表して、記者室(面積104.81)を無償で供与しており、本来徴収すべき昭和六三年一月から平成元年一一月までの二〇か月分の賃料相当損害金四一九万二、四〇〇円を徴収せずに財産管理を怠ったものである。

(六)  原告は、平成二年一月二九日付で、右公金支出及び怠る事実は違法であるとして、京都府監査委員に監査請求したが、同委員は、同年三月一四日付で、右監査請求には理由がないと通知した。

(七)  よって、原告は、地方自治法二四二条の二第一項に基づき、京都府に代位して、被告が京都府に対し、違法な公金支出及び怠る事実によって京都府に与えた損害金八五九万五、〇五〇円及び訴状送達の翌日である平成二年四月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める。

二  被告(認否・主張)

1  認否

(一) 請求原因(一)、(二)、(六)の各事実をいずれも認める。

(二) 同(三)を争う。

(三) 同(四)の(1)、(2)の事実を認め、(3)の事実を否認し、その余を争う。

(四) 同(五)の事実のうち、京都府が記者室を無償で供与していることを認め、その余を争う。

2  被告の主張

(一) 法二三八条の四第四項は、地方自治体が行政財産をその本来の用途または目的を妨げない限度においてその目的外使用として、地方自治体以外の者に使用させるものであるが、記者室の供用は、後記(二)のとおり、行政財産を京都府自体の公用に供するものであって、同条項の目的外使用には当らない。京都府では、昭和三九年九月三日付企画管理部長依命通達(以下「通達」という)によって、その旨を定めている。

(二) 即ち、京都府は、府民の知る権利を保障するため、府の施策や行事などの公共的情報を迅速かつ広範に府民に周知させる広報活動の一環として、庁舎内に記者室を設置し、報道機関の記者が常時取材の場として利用できるようにしている。記者室は、京都府自身の事務または事業の遂行のためこれにその施設を供するものであるから、通達2の基準に照らし、行政財産である土地建物を第三者に使用させることによる目的外使用には該当しない。なお、国も、昭和三三年一月七日付大蔵省管財局長通達によって、新聞記者室を国の事務、事業の遂行のため、国が当該施設を提供するものであるから、使用又は収益とみなさず、許可を要する場合に該当しないという取扱をしている。したがって、法二三八条の四第四項の適用はなく、京都府が記者室の使用料を徴収していないことにより、財産管理を怠っていることにはならない。

(三) 電話、ファクシミリ、テレビ受像機は、記者室の設置に伴い、必要最小限の付属設備として配置されたものであって、その使用に伴う費用を京都府が負担するのは、当然のことであり、違法な公金支出にはならない。

(四) 京都府は、記者室に企画管理部広報課に所属する女子職員一名を配置し、報道機関との連絡、新聞記事の記録及び整理、報道用資料の整理など京都府の事務を担当させているのであって、同人が京都府から給与の支給を受けるのは当然である。

三  原告(被告の主張に対する認否、反論)

1  被告の主張に対する認否

被告の主張をすべて争う。

2  反論

(一) 報道機関の府政監視機能の喪失に基づく知る権利の侵害

記者室は、記者クラブ加盟一三社の記者が、取材基地として、専用に使用している。その結果、府政担当者と記者クラブ加盟各社の記者との間に、緊張関係が失われ、馴合い、癒着の関係の原因を作り出している。

憲法二一条に基づく府民の知る権利の保障とは、行政が都合のよい情報を知る権利ではなく、逆に、行政に都合の悪い情報をも知る権利の保障でなければならない。しかし、府政の担当者に自らの不利益になる事実を含めた広報を期待することは現実的でなく、そのような担当者が隠しておきたい事実でも、府民の幸福や安全に重大なかかわりを持つ事実について、府民に明らかにしていくことにこそ新聞、テレビ等の報道機関の公共的役割がある。

ところが、右記者クラブの設置により報道機関の記者と府政担当者との緊張関係が失われ、報道機関が府政の監視者としての機能を果さず、府民の知る権利が侵害されることになる。

(二) 報道機関の自主性阻害に基づく知る権利の侵害

府政担当者は、府政に関する情報を記者クラブで発表する際、これを整理された形で発表することに大変な労力を割く。他方、記者は、多量の発表情報の処理に追われ、自主的に問題意識をもって発表資料を検討し、独自の調査を加えて報道する姿勢を次第に失い、発表資料を鵜呑みにして記事にする。このような行政と報道機関の協力関係は、行政による情報操作を容易にし、報道機関の自主性を阻害する。その結果、府民の知る権利が侵害される。

(三) 府民のアクセス権の侵害

記者クラブ加盟社以外の報道機関を情報提供から除外することによって、その他の報道機関及び府民が府政情報にアクセスする権利も阻害している。

(四) まとめ

以上の理由により、本件記者室の便宜供与は違法である。

四  被告(原告の反論に対する認否)

原告の反論をすべて争う。

第三  証拠<省略>

理由

一争いがない事実

請求原因(一)の原告が京都府の住民であり、被告が京都府の知事であること、同(二)の京都府は、庁舎内に記者室を設置し、これを報道機関の記者の利用に供していること、同(四)(1)、(2)の昭和六三年度及び平成元年度の電話代等の金額、同(五)の京都府が記者室を無償で供与していること、同(六)の原告が平成二年一月二九日付で、京都府監査委員に監査請求したが、同委員は、同年三月一四日付で、右監査請求には理由がないと通知したことは、当事者間に争いがない。

二本件記者室の提供と行政財産の目的外使用の検討

1  本件記者室は、京都府庁舎の一室であって、本来、地方公共団体である京都府において公用又は公共用に供し、又は供することと決定した行政財産であるから(法二三八条三項)、記者室の供用がこの直接に公用又は公共用に供用される場合に当たるか、或いは、本来の目的以外に使用を認めたいわゆる目的外使用に当たるかにより、その使用の要件を異にする(法二三八条の四第四項)。したがって、まずこの区分につき検討する。

2  この点につき、京都府は行政財産の同条項の目的外使用許可基準に関する通達において、新聞記者室の用に供するものは、府の事務または事業の遂行のため府が施設を供するものであるから、この基準でいう使用とはみなさないものとする旨を定め、これが行政財産の目的内使用であることを明らかにしている<書証番号略>。

3  成立に争いがない<書証番号略>、証人松田寛の証言によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  京都府は、戦後間もなく、記者室を広報活動、広報業務を円滑に遂行するために府の施設として、設置した。

(二)  京都府広聴広報規程六条(2)によれば、京都府の広報活動は、(1)府民を対象とする定期出版物及び広報紙、ポスター、リーフレット等の刊行、(2)府が後援、共催等を行う事業、(3)テレビ又はラジオを利用して行う広報、(4)新聞社その他報道機関への公表、(5)府広報板を利用して行う広報に分類され、記者室の設置、利用は(4)に該当する。

(三)  京都府は、報道機関の活用について、今日、マスコミとくに新聞、テレビの読者、視聴者は不特定多数人に及び、その与える社会的影響は非常に大きく、府民にとって、貴重な情報源として毎日の生活に欠かすことのできないものになっていること、府が発行する広報紙や番組を提供するテレビ、ラジオ等の自主媒体では、紙面や放送時間等に限界があり、府政のすべてをカバーできないこと、新聞、テレビで報道してもらうと直接経費を要しないこと、毎日発行、放送しているので、タイミングよく報道してもらえることなどから、その積極的な活用を心がけている。

4  右認定事実によれば、京都府は、府の施策や行事などの公共的情報を迅速かつ広範に府民に周知させる広報活動の一環として、庁舎内に記者室を設置し記者等に使用させているものであって、記者室は、京都府の事務または事業の遂行のため京都府が施設を供するものであり、直截に公用に供されているものといえるから、行政財産の目的内使用に当り、これが、行政財産を第三者に対し、目的外に使用させる場合に該当しないものと認められる。

したがって、本件記者室の使用につき、法二三八条の四第四項を適用する余地はない。

三記者室の提供の違法性の検討

1  <書証番号略>、証人松田寛の証言、同関根英爾の各証言、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠がない。

(一)  記者クラブは、会員相互の親睦をはかることを目的とする任意の私的な団体であって、その運営に京都府は何ら関与していない。現在、全国紙の新聞社七社、地方紙の新聞社二社、通信社二社、放送会社二社の合計一三社が加盟し、約三〇人の記者が所属している。記者クラブの運営は、構成社の中から幹事社が交替で担当し、幹事社は、会計、総会の主宰、機関との交渉などの任に当たる。

(二)  記者室には、昭和六三年、平成元年当時、机、椅子、応接セット、テレビ、電話、ファクシミリなどが設置されていた。机は、二〇程度設置され、そのうち、一部は、実質上記者の専用に使用され、他は、記者クラブの特定の個人、社が使うのではなく、誰でも使用できる状態にあった。ファクシミリ一台、電話機は一〇台程度設置され、記者は、これらを自由に使用している。記者室に常駐している記者は、すべて記者クラブ加盟社に属する記者であった。

(三)  報道機関の記者は、京都府を取材対象として取材する場合、府に届出等の手続きをすることなく、単に記者クラブに挨拶して、記者室に常駐する。

(四)  記者クラブでの公表には、レクチャーと言い、府政担当者による説明を付けた発表と単なる資料配布による発表の二通りがあり、その際、短時間で記事がまとまるように、公表内容は、わかりやすく簡潔明瞭になるよう心がけられている。

(五)  公表は必要に応じて随時なされ、その日時の設定については、広報課と幹事社が事前に連絡調整している。

(六)  被告は、毎月第二、第四金曜日午前一〇時から知事応接室で定例記者会見を行い、細部の説明が必要な事項については、会見後に記者クラブで担当者によって補足レクチャーがなされている。

(七)  記者クラブ加盟社以外の社に対しては、京都府は、積極的に公表することはなく、問い合わせがあったりした時、許される範囲で公表している。記者発表や知事の定例記者会見に、加盟社以外の記者が参加したことがある。

(八)  農業を営む原告は、平成二年八月一五日及び同年九月一〇日、知事定例記者会見に、府の便宜供与とジャーナリズムの関係を検証する目的で、傍聴の申し込みをした。広報課は、個人、不特定多数の傍聴は認められない、常駐の記者のみが対象であるとして、これを拒絶した。

(九)  記者室には、住民団体、政党、労働組合から資料の提供及びレクチャーの申し出がなされ、幹事社が各社に周知徹底した上で、記者発表、記者会見がなされている。

(一〇)  記者クラブでは、取材についての取決め、協定がなされたことはない。記事の発表時期についても、記者クラブで、申し合わせ、調整がなされることはない。ただし、府政担当者からレクチャーの段階で、あらかじめ解禁日を設け、その理由の説明がなされ、加盟社は事実上これを受け入れている。

2  報道機関の監視機能の喪失に基づく知る権利の侵害について

右1(二)、(九)認定事実によれば、記者室は、記者クラブ加盟記者が独占的に使用しているとは言えないが、記者クラブ加盟記者が事実上多くの便宜を受けていることが認められる。しかし、右1(一)、(三)認定事実によれば、記者クラブは任意の私的親睦団体であって、京都府はその運営に何ら関与しておらず、さらに、本件全証拠をもってしても、府政担当者と記者クラブ加盟記者との間に全く緊張関係が失われ、報道機関が府政の監視者としての機能を果していないという事実を認めるに足る的確な証拠がない。

したがって、本件記者室の提供によって、報道機関が府政の監視者としての機能を果さず、府民の知る権利が侵害されるという原告の主張には、理由がない。

3  報道機関の自主性阻害に基づく知る権利の侵害について

右1(四)、(五)、(六)、(一〇)の認定事実によれば、府政担当者は、府の施策や行事を迅速かつ広範に周知させるために、記者クラブでのレクチャー、資料配布による公表、被告の定例記者会見が行なわれ、その際、記者が記事を書きやすいように、整理された形で発表することに大変な労力を割いていること、府政担当者のあらかじめの説明を受け、解禁日は事実上加盟各社に受け入れられていることが認められる。しかし、本件全証拠をもってしても、記者が発表記事を鵜呑みにし、これを自主的に検討し、独自に調査して報道する姿勢を失ったこと及び京都府が情報操作を行なった事実を認めるに足る的確な証拠がない。

したがって、本件記者室の提供によって、府政担当者による情報操作を容易にし、報道機関の自主性が侵害され、府民の知る権利が侵害されるという原告の主張には、理由がない。

4  アクセス権の侵害について

右1(七)、(八)認定事実によれば、京都府は、記者クラブ加盟社以外の記者に対して、積極的に情報を公表することはなく、問い合わせがあれば、許される範囲で公表しているに過ぎないこと、農業を営む原告が、二回に亘り、被告の定例記者会見の傍聴の申し出をし、広報課から拒絶されたことが認められる。しかし、加盟社以外の記者に対しても、京都府から情報が公表されていること、公表、会見の場所には、スペースの問題があり、加盟社の記者の出席を予定して公表、発表がなされてもやむを得ないこと、さらに、右1(七)認定事実によれば、過去に加盟社以外の記者が記者発表や被告の定例記者会見に出席したことがあることに照らせば、記者室の提供がアクセス権を侵害する違法なものとまで認定することはできない。

したがって、本件記者室の提供によって、府民のアクセス権が侵害されるという原告の主張は、理由がない。

5  したがって、本件記者室の便宜供用の程度に関する当不当の議論は別として、京都府の行なった本件記者室の供用が違法であるという原告の主張は採用できない。

四記者室勤務職員の給与の検討

前示二のとおり、本件記者室の供用は、京都府の公用に供するもので、行政財産の目的内の使用であるから、その公務の処理のため京都府の事務職員を配置して、これに給与を支給することが違法な支出であるとはいえない。

五記者室の賃料について

前示二のとおり本件記者室の供用が京都府自身の公用に供する行政財産の目的内使用である以上、これにつき記者クラブに対する賃料相当損害金が生ずるいわれがない。

したがって、その未徴収をもって違法に財産管理を怠る事実に当るという原告の主張はその前提において失当であって、採用できない。

六結論

よって、原告の請求は理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官吉川義春 裁判官菅英昇 裁判官岡田治)

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